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生物・化学研究者が興味あることを語る

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グレート・ギャッツビー(The Grate Gatsby)を読んでみて

おはようございます。

今回は、1925年に書かれた、スコット・フィッツジェラルド作、グレート・ギャッツビーについてです。

この作品は特にアメリカを含む世界中で熱狂的に支持されており、Modern Library's 100 Best Novels(英語で書かれた20世紀の小説が対象です)で2位を獲得しています!

そんなグレート・ギャッツビーは日本では、あの村上春樹が最も影響を受けた作品であるとことあるごとに自ら表明しています。

しかし、日本の読者の中では、割と多くの人がどこがいいのか分からない・・・ という感想を持っていると良く聞きます。

僕自身この作品は20歳近いときに読んだのですが、深く心に残るほど感無量感(なんと形容していいかわからない)を得た覚えがあります。

そんなグレート・ギャッツビーのどこが少なくとも僕的はよかったか、それを語っていきたいと思います。

 まず、この小説の一番素晴らしい所は、この長編小説としてはやや短い文章の中に過不足なく繊細な描写が詰め込まれている点です。

不必要なエピソードもなければ、その時代(戦後の華やかな時代、非常に多くの文化、芸術が生まれる)とニューヨーク郊外という場所、登場人物の人柄が、本当に過不足なく描かれています。

作者のスコット・フィッツジェラルドは、現実に起きたことや見たことをベースに小説を書くタイプと言われています。この作品に登場してくる人物も彼の妻や彼自身を投影したものだったりします。

空想ではなく、現実を忠実に描写するとなるとそれには、非常に優れた観察眼、それは自己さえも客観視する を持たなくてはなりません。

そして作品の冒頭でも語られています、「何ごとによらずものごとを決めつけない傾向」というのも、ありのままの人物像や光景を描くのには欠かせません。

僕はよく小説を読むのですが、グレート・ギャッツビーほど一読しただけで、後日になっても様々なエピソードや登場人物について覚えていられる作品はありません。それはやはり類まれな素晴らしい描写力によってのものでしょう。

僕の好きな表現として、当時のマンハッタンのことを「嗅覚を持たぬ金の生み出す願望によって築き上げられたものがそこにある」(これは村上春樹版の訳です)と表現していますが、いやらしさが詰まった場所であるとともに魅力的でもある、そんな微妙な感じをうまく表現していると思います。

 

次に、この小説に魅力を感じたのは、ギャッツビーという人物の人となりです(それはこの作品のテーマでもあると思います)。

ギャッツビーという人物はこの作品の語り手に対して「誰も彼も、かすみたいなやつらだ、みんな合わせても、君一人の値打もないね」と言わしめています。でもそれは手放しで賞賛できるほど単純でもないんですが・・・

ギャッツビーに惹きつけられる所以は、一言でいうとその真っすぐなところです。いくつかの夢に対して、そこに到達するためにはなんだってやるし、他のことは目に入らないというような真っすぐさ

この作品はギャッツビーという人物を通して、こんなにも人は真っすぐになれるんだぞ と言いたかったような気がします。作品のテーマは「真っすぐ」です。

ですが、作品の前提として、真っすぐさは必ずしも良い結果をもたらさない ということもちゃんと描いています。

人はギャッツビーほど真っすぐになれません。それは社会の中で、自分を保って生きていられないからです。いわば生きる知恵として、諦めを覚えていくのです。

 

最後に、この作品は映画や舞台と様々なメディアに展開されていますが、ぜひ初めに小説を(可能ならば英語で)読んでみてください。

映画や舞台が悪いとは言いませんが視覚情報が多すぎます。まず最初は小説の描写を楽しんで自分の世界を作っていった方がいいと思います。

どんなに緻密な表現を用いても人によって思い浮かべるものは僅かに異なっていきます。そこが面白いのですから。

 

ちなみに上の画像はグレート・ギャッツビーに出てくる「灰の谷」という場所を象徴する看板です。とても好きです。